2025年4月16日(水)夜公演、福岡市民ホールにてミュージカル「昭和元禄落語心中」を観てきました。
「昭和元禄落語心中」ってどんな作品?
原作は雲田はるこさんによる漫画で、講談社の雑誌『ITAN』にて連載されていました。第21回手塚治虫文化賞 新生賞を受賞した作品です。
物語の中心は、昭和の落語界を生きた二人の噺家——菊比古(のちの八雲)と初太郎(のちの助六)。同じ師匠のもとに弟子入りした二人が、全く異なる生き方で落語と向き合い、すれ違い、やがて「心中」という形で交差していきます。
落語の演目になぞらえながら、愛と業と生死が重なっていく、深みのある物語です。アニメ化もされており、ご存知の方も多いかもしれません。ミュージカル版は、ドラマ版でも助六を演じた山崎育三郎さんが企画・出演されています。
落語とミュージカル……合うの?という話
正直に言うと、観に行く前は「落語とミュージカルって、ピンと来ないな」と思っていました。和の芸能と洋のミュージカル、なんとなく水と油のように感じていたんです。
でも観終わったあとの感想は、まったく逆でした。
落語って、一人の噺家がさまざまな人物を演じ分けながら「声と表情と体」だけで世界を作る芸術です。ミュージカルも、役者が歌や動きで感情を増幅させて物語を届ける。考えてみれば、根っこにあるものは近いのかもしれない、と気づかされました。
「あぁ、落語心中ってそういうことなんだな」
「心中」というと、かなり重い題材です。実際、物語は重たい場面もある。でもそれだけじゃないんです。
登場人物それぞれが、それぞれの「心中」を抱えている。死への覚悟、落語への執着、誰かへの想い——三者三様の「心中」が舞台の上で丁寧に描かれていて、気づけばそれぞれの気持ちに引き込まれていました。
そして最後に「あぁ、落語心中ってそういうことなんだな」と腑に落ちる瞬間が来る。うまく言葉にできないんですが、タイトルの意味が最後にじわっと広がってくる感覚でした。
観劇後、原作漫画を読みたくなって、実際に読みました。舞台で感じたものを漫画で確かめるような、豊かな時間でした。
役者さんの「年齢を行き来する」表現がすごかった
いつも観劇のたびに感じることなんですが、今回も特に感じました。
若い頃から老年期まで、同じ役者さんが一つの舞台で演じ分ける。あの短時間の中で「その年齢」を違和感なく行ったり来たりするって、本当にすごいことだと思うんです。声も、たたずまいも、目線も変わる。気づいたら「そうか、今は若い頃の場面なんだ」と自然に理解している自分がいて、見入ってしまいます。それが仕事、といえばそうなんですが。ほんまにすごい。
新しい会場・福岡市民ホールについて
今回の会場は、2025年3月28日にオープンしたばかりの「福岡市民ホール」。MISIAさんのコンサートでこけら落としが行われたばかりの、ピカピカの新しいホールです。
音がとてもよく響く作りで、声や音楽が体に届く感じがしました。いつもとは違う劇場の空気感もよかったです。
ただ、一つ残念なことが。公演中、かなり長い時間にわたって着信音が響き続ける場面がありました。新しいホールだったこともあってか、スタッフさんが注意に動いている様子もなく、誰もどうすることもできない状態で。
後から知ったのですが、この日は原作者の雲田はるこさんも観劇に来られていたとのこと。それを知って、なんだか少しいたたまれない気持ちになってしまいました。
観劇前のスマートフォンの電源オフ・マナーモード設定、改めて大切だなと感じた夜でした。それでも、舞台はやっぱり素晴らしかったです。


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