歌舞伎座レポート|三代目尾上辰之助 襲名披露「團菊祭五月大歌舞伎」昼夜通し観劇

2026年5月、東銀座の歌舞伎座へ足を運んだ。目当ては、尾上左近改め三代目尾上辰之助丈の襲名披露公演——「團菊祭五月大歌舞伎」である。今回は昼の部・夜の部、通しでの観劇してきた。


歌舞伎座へ

東銀座駅の3番出口を上がれば、すぐそこに歌舞伎座の大屋根が目に飛び込んでくる。唐破風の屋根、提灯、のぼり——初めて訪れた歌舞伎座は、想像以上の存在感だった。館内に入ると広くてゆったりしていて、ロビーをぶらぶら歩くだけでも気持ちええ。襲名披露公演ならではの晴れやかな雰囲気が、客席全体をふわっと包んでいた。


昼の部

一、南総里見八犬伝(芳流閣・利根川)

昼の部の幕開けは、曲亭馬琴の長編小説を原作とした『南総里見八犬伝』。里見家再興を目指す犬塚信乃を尾上右近丈が勤めた。大屋根の上での立廻りや、仲間と知らずに争う現八との丁々発止のやりとり、歌舞伎ならではのエンターテインメントに満ちた一幕だった。右近丈の演技は細部まで丁寧で、舞台上からにじみ出る誠実さが役にそのまま重なるようだった。以前から感じてることやけど、右近丈って人柄の良さが演技に自然と滲み出てはる方やと思う。技巧を超えたところにある温かみとでも言うべきか——見ているだけで、こちらまで気持ちが穏やかになってくる。

二、六歌仙容彩

続く『六歌仙容彩』は、平安の歌人たちが小野小町をめぐる恋模様を洒脱に描いた変化舞踊の名作。八代目尾上菊五郎丈が、僧正遍照・文屋康秀・在原業平・喜撰法師・大伴黒主と、趣きの異なる五役を次々と踊り分けるという大作だ。色彩豊かな衣裳と役ごとに変わる空気感——ひとりの役者がこれほど多彩な表情を見せるのかと、ただただ圧倒された。

三、寿曽我対面(襲名披露)

昼の部の大詰めは、襲名披露狂言のひとつ『寿曽我対面』。曽我五郎を新・辰之助丈が勤め、その凛とした姿と若々しい気迫が会場を圧倒した。客席からは大向こうの「辰之助!」「三代目!」の声が飛んで、初めてその名を呼ばれる瞬間の重みがひしひしと伝わってくるようだった。

推しの坂東新悟丈が演じる化粧坂少将は、端然とした立ち姿と品のある所作で舞台全体に格調を添えていた。そして右近丈はこの演目でも喜瀬川亀鶴として登場——昼の部だけで二つの役を勤めるというのは本当にすごい。豪華な顔合わせが一堂に会する様式美あふれる祝祭劇で、昼の部を華やかに締めくくった。


幕間のお楽しみ

昼夜通しで観るとなると、幕間の過ごし方も大事になってくる。開演前に歌舞伎座の地下、木挽町広場へ足を運ぶと、彩り豊かなお弁当がずらりと並んでいて、これがまた目移りして困る。悩みに悩んで選んだお弁当を、一幕と二幕の幕間にロビーの椅子に腰を落ち着けてゆっくりいただく——これが歌舞伎観劇の醍醐味のひとつやと思う。幕間には、ロビーに連なる売店から焼きたての人形焼のいい香りがふわっと漂ってきて、それがまた何とも言えん。館内がゆったりしているおかげで、幕間でも窮屈さを感じることなく、のんびり過ごせるのがほんまにありがたい。


夜の部

一、鬼一法眼三略巻「菊畑」(襲名披露)

夜の部の幕開けは、義太夫狂言の名作『菊畑』。辰之助丈は奴虎蔵・実は源牛若丸を演じた。色とりどりの菊畑を背景に、前半の若衆奴としての色気と愛らしさ、そして後半、正体を現した牛若丸としての威厳と力強さ——その切り替わりが鮮やかで、思わず息をのんだ。義太夫の語りと三味線が舞台を彩る中、辰之助丈の演技はまさに圧巻で、気づけば目頭が熱くなっていた。

二、助六由縁江戸桜

夜の部の大本命は、歌舞伎十八番の一つ『助六由縁江戸桜』。河東節の演奏に合わせた花川戸助六(市川團十郎丈)の花道の出端から、もう目が離せない。恋仲の花魁・揚巻を八代目尾上菊五郎丈が勤め、吉原の世界が絢爛豪華に広がっていく。

坂東新悟丈が傾城八重衣を勤めた。傾城役はただ美しく佇むだけでなく、細やかな感情の揺れを全身で表現する難しい役どころ。新悟丈はその艶やかさと気品を見事に体現していて、花道に登場した瞬間から目が離せなかった。また、右近丈は通人里暁として登場し、軽妙な味わいの中にも確かな存在感を発揮。そして辰之助丈も福山かつぎで出演していて、昼夜を通じてフル回転の公演だった。

この『助六』の上演中、ふたつのことが印象に残った。ひとつは大向こう。声をかける方の中に、発音がほかの方とちょっと違うように聞こえる方がいたのだ。悪い意味ではまったくなくて、むしろはっきりとした通りの良い声で。もしかして日本国籍でない方が歌舞伎の文化に親しんで活動されているのかしら、とふと思った。歌舞伎が国境を越えて愛されているとしたら、それはとても素敵なことだと思う。

もうひとつは、附け打ち(つけうち)の音。あの音が鳴るたびに、想像をはるかに超える大きな音が客席に響き渡って、思わず体がびくっとするほどの迫力だった。歌舞伎座に来たのは初めてやから余計そう感じたのかもしれないけれど、「ここまで鳴らさないと4階席まで届かないのだろうか?」とふと疑問になった。あの大きな空間を音で満たすための工夫が、あの一打に込められているのかもしれない。


グッズと筋書き

観劇の楽しみのひとつがグッズ購入。お目当てのアクリルスタンドとクリアファイルを買おうと売店に向かったのだが、どちらも売り切れていた。入荷を確認したが、「終演が近いので入荷する予定がない」とのこと。残念やけど、仕方ない。

その分、筋書きはしっかり購入した。舞台写真がたくさん掲載されていて、見ごたえ十分。しかも歌舞伎俳優の名前が写真に入っているので、歌舞伎を初めて観る方にもわかりやすいと思う。観劇後にじっくり読み返すのも、また楽しい。


観劇を終えて

三代目尾上辰之助丈の誕生を、この目で目撃できたことは忘れられない体験となった。伝統の重みを受け継ぎながら、みずみずしい才能で新たな辰之助像を打ち立てようとする若き役者の姿に、歌舞伎の未来への希望を感じる。そして昼夜ともに舞台を彩った坂東新悟丈の存在感、右近丈の演技が醸し出す誠実な温もりにも、改めて心を奪われた一日やった。

「辰之助!」「新悟!」「右近!」——次に劇場でその声を上げる日が、早くも待ち遠しい。

次の観劇は、博多座6月大歌舞伎。八代目尾上菊五郎丈、六代目尾上菊之助丈の襲名公演だ。どんな舞台が待っているのか、今からとても楽しみにしている。


公演情報:團菊祭五月大歌舞伎/2026年5月3日〜5月27日/東京・歌舞伎座

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