歌舞伎を観ていて、ふと気になったことがある。舞台の上手(客席から向かって右側)に控える附け打ち師が、附け板と呼ばれる板に附け木を打ちつけて音を出す。その音が、歌舞伎の空気をつくっているといっても過言ではないんです。
附け打ちの役割は、役者の動きを「音で見せる」こと。走る場面には「バタバタバタ」とリズムを刻み、見得(みえ)という決めのポーズの瞬間には「バン!」と打って動きを際立たせる。同じ「走る」でも、若い娘と武士では音が違うし、同じ役の人物でも心情や状況によって微妙にトーンを変えるんやって。役者の芝居を音で支えて、観客の感情を揺さぶる、まさに縁の下の力持ちやなぁと思います。
さらに附け打ちの音は芝居の進行の「合図」にもなっていて、この音をきっかけに音楽が切り替わることも多い。舞台全体のテンポを握る、重要な役割を担っているんです。
とはいえ、お芝居の最中に「さあ附け打ちに注目しよう」と身構えるものでもないんです。気付けば、すっと袖の横に座って音を出している——そんな、そっと寄り添う存在。それでも、役者さんが走る場面や殺陣、見得を切る瞬間にあの音がすっと入ると、場面がぴたっと締まる。当たり前にそこにあって、当たり前に心地よくて、だからこそ最初はことさら気にも留めてへんかったんです。
観劇歴がまだ浅かった頃、『朧の森に棲む鬼』を何度も観に行きました。ちょうどその頃、インスタグラムで附け打ち師・山﨑徹さんのアカウントに出会いました。投稿を見ると、附け木の素材や状態へのこだわりなど、細部まで丁寧に考えられていることが伝わってくる。でも当時はまだ附け打ちのことを深く意識できてへんくて、「そういう専門職があるんやなぁ」程度にしか思ってへんかったんです。
その後、いろんな劇場でさまざまな歌舞伎を観るようになって、「この音、耳がきつい…」と感じる場面に出会いました。附け打ちの音が大きすぎて、耳への負担になってしまうことがあったんです。
そこでふと気づいた。あれだけ何度も観た朧の森では、そう感じたことが一度もなかった、と。しっかり聞こえてるのに、耳に優しい音。改めて思い返すと、あの音はずっと心地よかったんです。
徹さんのインスタグラムをあらためて見返すと、附け木へのこだわりや細部への意識が随所に感じられる。あの心地よい音は、そういう積み重ねから生まれてるんやなぁ、と腑に落ちました。
いつか意識的に「徹さんの附け打ちで歌舞伎を観る」という体験をしてみたい。今はそれをひっそり楽しみにしています。


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